神との対話1【解説】P199~202 生まれ変わるということ
前回、人間関係について34ページに渡って説明された第8章が終わりました。
人間関係があってこその人生。人間関係は、自分自身の姿をはっきりと照らし出します。
今、人間関係で充分に幸せを感じる人たちは、きっと過去の自分のほぼすべてを許し、受け入れている人たちでしょう。
また、自分を愛している人たちでしょう。
自分の過ちや誰かとの対立、罪悪感、恥、弱さ・・・自分を理解して許しているからこそ、他人も理解でき、寛容さや慈悲に繋がり、深まっている自分自身への愛が自然に他人への愛として広がっていきます。
自分の扱いが分かる人は、人との距離も自然と計れるようになってきます。
「自己中心的であれ」と神様が教えてくれたように、自分にとって”何”が居心地良く、そうでないかが分かるので、自分にとって良い「時間」「人」「場所」を選べるようになるからです。
こうして自分を大切にして「選ぶ」ことを続けていけば──その為に勇気が必要なこともあります──周囲には自身と似たような人たちがいて、様々なことが起きるこの人生で安心や楽しみや喜びを分かち合える人たちとの関係が出来てくるのだと思えます。
私に影響を与える人たちは皆、私が誰かに同様の影響を与えてきたことを見せてくれています。
人が私に見せてくれる良いことも悪いことも、それは私が誰かに見せてきたものです。
だから自分が優しい愛を感じたければ、誰かに優しさや愛を感じてもらうことが必要です。
人に厳しく批判や攻撃をしてしまう人は、必ず自分も批判や攻撃を受けることになります。
誰かを無力に感じさせてしまったのなら、自分も無力さを感じさせられます。
攻撃を受けて落ち込むのなら、誰も批判や攻撃をしないと決め、それに徹することが必要なのです。
本来、人は転生をくり返して成熟するにつれ、自然とそのようなことが解ってくるように、魂に仕組まれています。
けれども、こうして書物等の情報から学んでいくことも、成長を早めさせるきっかけになります。
前回はニールさんが、神さまから人々を覚醒させるメッセンジャーとして選ばれており、自覚し、覚悟するようにと促されていました。
この時点で、ニールさんは喜びも感じたでしょうが不安の方が勝っている様子でした。
神様はニールさんに、神と人間との関係の間にあるものは、「義務」ではなく「機会」だけだと言われました。
ニールさんはメッセンジャーとなるチャンスを選び取るのかどうか、自分で決めなければなりませんでした。
それまで「幸せ」とはほど遠い生活を送っていたニールさんは、この先ようやく「幸せ」になれるのか、それともますます孤独になっていくのかも分かりませんでした。
ただ、ニールさんは、神さまとの対話が始まるずっと以前から神を愛していました。
ですので、自分の身がどうなるか不安であったとしても、メッセンジャーとして活動することを選ぶだろうことはご自身も(神様も)分かっていたはずです。
神さまは「人々のあざけりに耐えられるか?」などとニールさんに聞きました。
”より大きな魂の栄光を実現するために、地上の栄光を捨てる覚悟ができているか?”
ニールさんは、ご自身がメッセンジャーになることを聞かれる前から決心していたはずですが、それでも大きな勇気が必要だったと思われます。
ここからが今日のお話です。
第9章は、神様の言葉が多く、ニールさんの言葉は簡単な質問と相槌のような確認の言葉だけになります。
三次元に生きる私たちには理解し難い教えが含まれていますが、できるだけ分かりやすくお伝えしたいと思います。必要な方々に伝わりますように。
最初に神様は次の言葉を伝え、ニールさんをいらだたせました。
あなたは「ほんとうの自分であること」はたやすいと思っているかもしれない。
神との対話1 P200
だが、それはあなたの人生でいちばんの難題だ。
それどころか、決して実現できないかもしれない。ほんとうにそれができるひとはごく少ないからだ。
まして一度の生涯で成功するひとはほとんどいない。多くの生涯をかけてもできないくらいなのだから。
ここで「ほんとうの自分であること」が、私たちにとって大変難しいことが分かりました。
ニールさんはこれまでの神様との会話を通して、「ほんとうの自分」であれば「幸せ」になれると思っていたので、これを聞いて怒りを感じました。
ニールさんは、「そんなのおかしいだろう?」と言わんばかりの質問をいくつも神様に問いました。
最後の質問は、
”楽しく過ごして、神さまとか「ほんとうの自分」とかについては気楽に考えたらいいんじゃないですか!?”
で終わり、「がっかりしますよ」と言い放ちました。
私たちはさんざん努力しても、ほんとうの自分になれない…到達できないのでしょうか。
そして、ほんとうの自分でなければ、「幸せ」ではないのでしょうか。
ここで神様は、これからニールさんを”少し明るい気分にしてあげよう”と前置きし、
”あなたはすでに「楽しく過ごしてきた」のだと指摘したら、どう思う?”と言われました。
今の人生だけでなく何度もくり返し生涯を送る中で「楽しく過ごしてきた」のだと言われました。
そして、「元気が出るだろう」と、言われました。
ニールさんはまったく意味が分からず、「どうしてですか?」と質問しました。
何せ、今のニールさんは人生を楽しいとは思っていなかったからです。
でも神様は、「楽しく過ごしてきた」と言います。いったい、どういうことなのでしょうか。
また、何度も生涯を送ってきたと聞いてなぜ「元気がでる」のでしょうか。
くり返される人生…生まれ変わりがあることを知って「元気になる」理由は、以下の通りです。
第一に、不安がなくなる。
神との対話1 P202
いまあなた自身も言ったように、「失敗はありえない」ということがはっきりする。
失敗はしないと、確認できる。
「必要なだけのチャンス」がいくらでも与えられることがわかる。
あなたは何度でもこの世に戻ってこられる。
私たちの心に浮かぶ不安は、エゴがもたらすものです。そのエゴが、「生まれ変わりがある」と知って、本当に不安を排除できるのでしょうか。
私たち地球人は、数多く存在する前世の人生を、ほぼ完全に忘れて生まれるようになっていますが、それはすべてを忘れることで人生をリセットし、まっさらな人生を創る機会を自分自身に与えているためです。
もしもすべての人生を思い出すことができるならば、何度も前の人生よりも今の人生の方が、ずっと良いということをはっきりと理解できるだろうと想像できます。
様々なことに感謝して生きられることは、何度も前の人生には考えられないことでした。
屈辱や怒り、恨みを持ち、衝動的に人生を自ら破壊し、ひどく人を傷つけ、後悔してもし切れない…そのような人生がどこかにあったはずです。
暗く苦しい人生が、誰にも…きっと何度も…あったと思えます。
しかしそのような人生は、私たちに大きな教訓を与えてくれました。
もう決して何かを破壊しないと誓い、暴力から離れる、何を大切にするのかを知る、実際に大切にする、守る、勇気を出す、表現する、自由を実感する・・・そのような教訓を、何度も繰り返してきた人生の自分の経験から学んで(知って)きたはずです。
そして、今生。
食べられること、愛する人がいること、温かな住処があることなど、多くのことに感謝できるようになっていることでしょう。
そうして私たちは、今世の自分に課した次の課題に取り組んでいます。
それは勇気や意欲や喜びなど、破壊することなどよりずっと上のレベルにあるもののはずです。
そのように考えると、すべての経験は成長と成功に繋がります。
神さまが言われたように、私たちには本当は「失敗」がないのです。ただ機会と経験があるだけ。
だからこそエゴが引き起こす「不安」もなくなって良いはずです。必ず、良くなるのですから。
あなたには、こうしなければならないということは何もない!
神との対話1 P202
いまのレベルで人生を楽しんでいるなら、これが自分にとって最終段階だと思うなら、この経験を何度でもくり返せばいい!
実際、あなたは何度も何度もくり返してきた。自分が望んだからだ!
あなたはこの人生のドラマを愛している。
秘密を、「知らない」ということを、サスペンスを愛している!
あなたはそんなすべてを愛している!
だから、いまあなたはこうしてこの世にいるのだ!
人生に疲労を感じていたニールさんは、以上の言葉を聞いて、「わたしをからかっているのですか?」と言いました。
この時点でニールさんは、「こんな人生を愛しているなんて、絶対ない!」と、断固として認められなかったのです。
けれども、私たちにハイアーセルフという存在がいて、そのハイアーセルフが何度もくり返してきた人生のすべてを知っていたとしたら、どうでしょうか。
以前より格段に良くなっている「人生」を見て、人生に現れる登場人物と関わっていく「自分」とを見て、ようやく自分を好きになることができるようになってきている「私」を見ていたとしたら。
私たちは皆、「魂のレベル」で人生を楽しんでいると言われています。
この「魂」というのは、「ハイアーセルフ」のことです。
ここで神さまが言われる通り、私たちの魂(ハイアーセルフ)は皆、どのような人生であってもそれを楽しんでいるのだそうです。
今、何かが問題で苦しくても、魂の観点からすると成長過程の一点であり、それらを乗り越えた先を知っています。
人生を繰り返して全部を経験したら、それらが本当に経験の一部なのだと、私たちの顕在意識も認識できるはずです。
死というものが存在しないことも、実は何も失っていないことにも気付くこともできます。
そうして自分を「笑える」ようになるのでしょう。
その頃には心底から、自分の人生を愛していると思えるのでしょう。
私たちはほとんど全員、その過程にいます。
”私”そのものであり、”私”を愛してやまない”ハイアーセルフ=神”が「この人生を愛している」のだと言われました。
ハイアーセルフの”楽しみ”や”喜び”を私たちも顕在意識で感じることができることができるならば、確かにエゴは不安をひっこめることでしょう。
この後、ニールさんは神様に「自分は何度人生をくり返してきたのか」質問します。
神さまは「何百回も」と答えました。
そして、神からの情報について、次のように言われました。
わたしは「知るとはどんなことか」についてふざけたりは決してない。
あまりにも多くの人たちが、あなたがたの心をもてあそんできた。わたしがこうして来たのは、あなたをさらに混乱させるためではない。
神との対話1 P203
ものごとを明らかにして、あなたを助けるために来たのだ。
人間が組織として作ってきた「宗教」が存在し、神についてたくさんの情報がある中で、ニールさんはキリスト教でも厳格な派閥で神を学んできました。そして神を畏れつつ、神を心から好きでした。
今、ニールさんの前に現れた神さまは「ものごとを明らかにして、あなたを助けるために来た」と言われました。
ニールさんだけでなく、多くの人たちが宗教の教えに救われることがあるでしょうが、宗教戦争で分かるように、逆に苦しんでしまうこともたくさんあります。
神さまは「神」の存在をなぜか愛してしまう私たちに、ニールさんを通して直接「物事を明らかにして、助けるために来た」と言われました。
ニールさんに現れた「神」を信頼してもしなくても、みな自由です。
義務は存在しないと、神さまも言われていました。
今日はここまでです。
次回は人が犯す大きな罪についてお話があります。


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